*R-18
「佐助」に土下座するまでの幸村の話









ざあざあと遠くて水音がしていた。
目を開けると、木目の床に、白く細い足首が見えた。
佐助だ、と思い、体を起こす。
よくわからない物でいっぱいの部屋は狭く、躓かないようにその後ろ姿に近づく。
水音が大きくなり、見慣れぬ装束を着た佐助が上体をかがめていた。
「佐助」
呼びかけると、びくっと体を震わせ、振り向いた。
その、びしょぬれの顔に張り付いた恐怖の色を見て、俺は彼に酷いことをしてしまった、と思った。












何もかもが見慣れぬ風景だった。
異様に高い建物に、妙な格好し足早に歩く人々。
犬に紐をつけて歩く女性は目があったと思ったら別の方向へ逃げるように去っていった。
ここはどこだ。
時々聴こえる言葉は分かるが、異国というものはこのようなものではないかと思う。
というか、これは夢なのではないかと思い始める。
ついさきほどまで、俺は上田の城の縁側で寝転がっていたのだ。
なるほど夢ならば、見たことの無い世界であっても不思議ではない。
まだ昼だったので、そのうち佐助が起こしにくるだろう。
それまでこの夢を楽しむとしよう。
そう思い、周りを見渡すと、丁度よく見慣れた茜色の髪の毛が見えた。
振り返り、色の薄い目が、合う。
夢の中の佐助もいつもの装束ではなく、明るい色の着物を着ていたが、顔は間違いなく佐助だった。
目があったというのに通り過ぎようとするので、その腕を掴む。
細い。
「なんだよ、アンタ」
佐助が、佐助の声で言う。
俺は思わず笑っていた。
















夢なのに腹が減り、佐助にねだると狭い小屋で粥をご馳走してくれた。
今まで食べた粥の中で一番美味かったので、すぐに食べきった。
佐助が、少し困った顔をして俺を見ている。
いつもの佐助ではなくて、不安げで、儚く見える。
首筋も露わで、無防備なそこについ手を伸ばした。
「佐助」
「はあ」
「したいが、よいか?」
「…?」
佐助が小首を傾げる。
仕草が幼い。
こういうのを、そそられるというのだろうか。
夢ならば、望むとおりに得られるだろうと思い、抱きついたら暴れられた。
つい、手が出てしまったが、「痛い」という佐助の声に妙に興奮した。
恐らく、普段は痛いとも辛いとも、苦しいとも口にすることはない忍びだからだろう。
こぼれる涙がいたいけで、ただ身の内は熱くて心地よく、止まらない。
嗚呼、俺は縁側で寝ているはずなのに、こんなに破廉恥な夢を見て大丈夫だろうか、とぼんやりした頭で思う。
起きたら恥かしいことになっているのではないだろうか。
それは、困る…。
指先に血がついたので、つるりとした佐助の頬にいつもの化粧をしてやった。
緑ではなく赤だったが、美しかった。















目が覚めたらきっと上田の山と青い空が見え、もしかしたら何か口走っており佐助にからかわれるかもしれぬ、と思っていたのに、そこにいたのはやはり妙な格好の佐助だった。
怯えきった目と、震える手。
おかしいな、と思う。
「佐助だろう?」
「お前、猿飛佐助、であろう?」
肩を掴む。
首が振られ、体を押しのけて佐助が俺から逃げる。
「サルトビなんてしらねえよ!」
ふざけんな、いますぐツウホウしてやる、と腰が抜けそうになりながらこちらに吼える。
まさか。
「俺の、忍びの佐助、ではないのか?」
「これは、夢ではないのか…?」
ざあっと血の気が引いた。
まさか。










これが、俺が「佐助」に土下座した経緯である。
















続きを書いていたのですがしっくりこなかったのでここまでで。
ネタバレしてしまうとこの話、タイムスリップネタじゃなくて
自分を幸村と思い込んだ男と、それを世話している佐助と、
そっくりなだけの被害者「佐助」、です。世話してる佐助はそのうち迎えに来て
回収していきます。